春の扉 ~この手を離すとき~
結局、歩いていたら間に合わないとかで、途中でタクシーに乗って駅まで送ってもらった。
「じゃあ気をつけて行くのよ? 」
「はーい、明日には戻るから」
「それから、お義母さんと妙子さんによろしく伝えておいてね」
今、お母さんが『お義母さん』って言った?
思わずタクシーから降りるのを止めて振り返ってしまった。
驚くわたしを不思議そうに見てくるお母さんは、わたしが何に驚いたのかは分かっていなさそうだけれど。
お母さんから初めておばあちゃんへの伝言がきけた。
それが何よりもうれしい。
「ほら、早く降りなさい。時間がないのよ」
「うんっ! いってきます」
押し出すようにわたしをタクシーから降ろしたお母さんは、窓をあけて笑顔で手を振ってくる。
わたしは手を振り返しながら、タクシーが見えなくなるまで見送った。