春の扉 ~この手を離すとき~
後ろで止まった足音と同時に、包まれるように背中に伝わる安心感に身体の震えが静かにひいていく。
そして伸ばしているわたしの手に、大きくてあたたかな手が重なった。
「だから無理にとろうとするのはだめだって」
ふふっと笑うその声に、わたしは黙ってうなずいた。
「君は何を願うの? 」
「……あなたと一緒です」
「じゃあ目を閉じて……。一緒に思おうよ」
もう片方の手がわたしの瞳に優しくふれて、ゆっくりと閉じさせてくれた。
光を感じる暗闇の中、その手の暖かさはわたしの寂しさをゆっくりと溶かしはじめた。
溶けた寂しさは暖かな涙になって、わたしの冬に終わりを告げていく。
あの雪の日、この温もりを信じることができなかった。
寄りかかることが怖った。
でも今は違う。
寄りかかるんじゃない。
あなたと寄り添って、一緒に歩いていきたい。
「……いい? 春の扉を開くよ」
「はい」
瞳を覆っていたが手ゆっくりと外されると、木漏れ日に揺れる桜の花が目の前に広がる。
その美しい世界を見上げるわたしの側には、思い出せなかった愛おしい横顔が桜の木を優しく見つめていた。
そしてゆっくりとわたしの手の中に花びらが舞い込むと、大きな手はわたしの手をしっかりと包み込んでくれた。
【完】