春の扉 ~この手を離すとき~

「じゃ、帰ろっか」


運転席に乗り込んできた先生は、太い黒縁のメガネをかけるとエアコンの調整を始めた。

そのメガネがすっごく似合っていて、また見とれてしまう。


「暖まるまで少し我慢してね。……ん、なに? 」


わたしの視線に気づいた先生がちらっとこっちを見た。


「あ、なんでもないです」


あわてて答えたけれど、さっきの体育館といい、やっぱり見ていたことに気がついたよね。

少しだけ微笑みながら首をかしげて、わたしからの返事を待っている先生。
そんな顔をされるとドキドキしてしまって、ごまかす言葉が見つからない。


「……その、メガネが似合っているなって思ったから」

「へ? ……そんなこと初めて言われたよ。ありがとうね」


変に思われるかと思ったのに。
すんなりとわたしの気持ちを受け入れてくれる先生の言葉がうれしくて、恥ずかしさを消してくれた。


「じゃあ、帰るよ」


ふふっと軽く笑いながら目を細めた先生は、車をゆっくりと走らせはじめた。



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