春の扉 ~この手を離すとき~
あの人
家のカギを開けると、中から灯りが漏れてきた。
いつもは暗い室内なのに、穏やかな室内照明に心がどんよりと暗くなっていく。
玄関に無造作に転がっている黒のパンプス。
本当に来ているんだ。
靴ぐらい揃えればいいのに。
もっと静かに鍵を開ければよかったという後悔がわき上がってくるけれど、もう遅いよね。
無駄だとは分かってはいるけれど、それでもできる限り物音をたてないように家の中に入った。
転がっているパンプスを揃えなおしてしまう自分に呆れながら、わたしの部屋に向かおうとしていると、廊下の奥、リビングのドアが開いた。
そして1人の女性が顔をのぞかせた。
やっぱり気づかれてしまっていたみたい。