春の扉 ~この手を離すとき~

リビングに入ると、テーブルの上にはこの人が脱ぎっぱなしにしているコートとマフラーがある。

ソファには開けっ放しのバッグが置いてあって、側にはスマホが転がっていた。


荷物は……これだけか……。


分かりきっていることだけれど、少し虚しさを感じてしまう。


それにしても相変わらずだらしがない。


なのに見た目だけは、後ろできっちりと1つにまとめてある髪といつも同じ形のスーツ。そして少しきつめのメイクに縁なしのメガネ。

見るからに仕事一筋のキャリアウーマンで、怒らせると恐い神経質な上司って感じ。


この人はイスに腰かけたけれど、わたしは座らない。
長く話すつもりなんてないし、きっとこの人もわたしとなんて話たくもないはずだし。

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