春の扉 ~この手を離すとき~
――― 桜の君へ
手紙の始まりはいつもこう。
そして白いデイジーの押し花がついている白い封筒と白い便箋で。
智香にはお墓と言ったけれど、本当は違う。
手紙が置いてあるのは、わたしが『おばあちゃん』と呼んでいる桜の木。
そしてわたしを『桜の君』と春限定の愛称で呼ぶ人は、その桜の木の下で一緒にお花見をしていた誰かのはずなのだけれど……。
でもあるときの手紙に
――― 桜の舞い散る中、涙する貴女の姿が………
と書かれていたことがあった。
桜の木の下で泣いていたのは、おばあちゃんが亡くなったあと。
そんなときはいつも1人だったのに。
泣いているわたしを知っている人なんて、誰もいないはずなのに。
……もしかして
推測している相手を智香に言っても信じてもらえるとは思えないし、からかわれたくないから文乃や純輔はもちろん、誰にも言ってはいない。