春の扉 ~この手を離すとき~
「あのさ、……美桜、俺…」
話しはじめたのは健太郎くんだった。
声の音量が分からなくなってしまったときのような、少しかすれぎみの声。
急に真顔になった健太郎くんはわたしに体を向けると距離を縮めてきた。
「……なに? 」
ファミレスで寄ってくる感じと違う。
ふざけているわけでもなさそう。
何か嫌な予感がして。
失礼なこととは分かっているけれど、思わず後ずさるように体を避けてしまった。
「俺たちって付き合っているんだよな? 」
突然の健太郎くんからの確認。
でも『うん』と、うなずくことができない。
わたしはもう一度覚悟を決めた。
「あのね、……そのことなんだけれど、やっぱりわたし、」
「俺さ、本当に美桜のことが好きだから」
そう言って、またじわりと距離を詰めてくる健太郎くんに、わたしは言葉の続きを口に出すことができなくなった。
避ける振動で、スカートの上に乗せていた健太郎くんからのプレゼントが地面に転がり落ちてしまったのが分かったけれど……。
でも、今、健太郎くんから目を離してはいけない気がする。