イジワルな彼に今日も狙われているんです。
◇◆前文



ああ、なんだか急に、おいしいピーチティーが飲みたいなあ。

うちの会社で展開してるペットボトル紅茶ラインのもなかなかおいしいとは思うけど、濃いめに抽出した熱々のストレートティーの中に瑞々しい生の白桃を入れた、本格的なやつが飲みたい。ガラスポットを使って、見た目もかわいくオシャレにしちゃって。

一緒に食べるお菓子はスコーンがいいな。たっぷりの生クリームも添えて、カロリーとかまわりの目なんて気にしないで大口開けてかぶりつきたい。


まだ日も高い就業時間真っ只中、社内の廊下をそんなおいしい妄想に浸りながらぼんやり歩いていた罰だろうか。次の瞬間私は、とんでもなく自身のタイミングの悪さを呪うことになる。



「……気持ちはうれしいんだけど、ごめん。俺今は仕事が1番大事で、彼女作る気ないんだ」



びたっと反射的に、廊下を進んでいた足を急停止させた。

声が聞こえたのは、おそらく私のすぐ左斜め前にある物品庫の中から。いざ注意を向けてみればその扉はわずかばかり開いていて、先ほどの会話はその隙間から漏れ出たものなのだとすぐに思い当たる。


……変な場面に遭遇してしまった。耳に届いた一文だけで今この部屋で何が行われているのかを察してしまった私は、気まずさから胸に抱いたタブレット端末をぎゅっと握りしめる。

というか、“お断り”してる方の声。さっきの声って、気のせいじゃなかったら、私が知ってる人の──……。



「っあ、」



前触れなく、ドアが開かれた。

室内から出てきた見知らぬ女子社員はすぐそばに立ち尽くしていた私を驚いた表情で見つめた後、気まずそうに目を逸らす。

視線が絡んだのは一瞬のことだ。けれどその瞳にうっすら涙が浮かんでいたことにも気付いてしまい、余計に胸が絞られる。


……ああ、私がどんくさいせいで、あの女の人に余計な羞恥心を与えてしまった。

足早に去って行く名前も知らない女性の後ろ姿を申し訳なく見つめていたら、不意にぺしりと軽く頭を叩かれて驚きに身体を揺らす。
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