イジワルな彼に今日も狙われているんです。


◇ ◇ ◇


……ああ、眠い。

今日はほぼ1日いっぱいハードな外勤だったせいか、普段よりアルコールがまわるのが早いし酒の席の喧騒すら子守唄に聞こえて来る。

これはいかん。気ぃ抜いたらビールジョッキ持ったまま寝落ちするかもしれない。

そう考えた俺は、早々に行動を起こすことにした。



「あれっ、尾形さんどこ行くんですか~?」



俺の右隣りにいた他部署の女の子が、座布団から立ち上がった俺に甘ったるい声音で問いかけてくる。

そんな彼女には仕事中よく使う営業スマイルを見せてやり、胸ポケットを軽く叩いた。



「ちょっと、酔い醒ましに外で一服してくる」

「え~? じゃあ私もお付き合いしま」



さらに甘ったるい猫なで声でその女子が続けようとしていたけど綺麗に無視してふすまを閉めた。いや、無視じゃない。アレだ、まわりが騒がしくてよく聞こえなかったんだ。

心の中で誰にともなく言い訳しながら店の外へ出て、胸ポケットから取り出したタバコに火をつける。


あー、酒飲んでるとはいえやっぱジャケットだけだと寒いな。おかげで目は覚めたけど。

他の客の邪魔にならないよう、出入口横の壁にもたれてタバコをふかす。すると間もなくそのドアから、見知った顔がふらりと姿を現した。

向こうも俺の存在に気付いて、びくっと一度肩を揺らす。


ふわふわした茶髪にちっこい背、それからちっこい顔。

……ああこのコ、平野がお気に入りの、



「あー、マーケ部の……木下さんだっけ? お疲れ」

「あ、はい。お疲れさまです」



無視するのもアレなので俺から声をかけてみると、案外普通に返事が返って来た。

こないだ平野に聞いた話──ガードがめちゃくちゃ堅く、食事やら何やらに誘った男を片っ端から撃沈させてるとか──から、男嫌いとかそんなんなのかと思ってたけど。なんだ、こっちが下心持ってなけりゃそんなに警戒されないのか。
< 103 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop