イジワルな彼に今日も狙われているんです。
「さっすが俺、マーケティング部の噂の木下さん相手に、簡単に餌付け成功」

「餌付……っ?! う、噂って、なんですか」

「ん? いっくらデートに誘ってもかわいい困り顔でやんわりかつ一分の隙もなく挑んだ男全員撃沈させる、難攻不落のマーケティング部の華って」



なんだかいろいろと脚色されていそうな恐れ多いその噂とやらに、つい顔をしかめる。

今度はくっくと喉を鳴らして笑う尾形さんの様子を見ていて、ふと彼のあだ名が『さわやか王子』だったことを今さらながら思い出した。

……さわやか? なんだか少し、その形容は違うような……。

『さわやか王子』は、思っていたよりもくだけた性格だったらしい。もうすっかり短くなっていたタバコを携帯灰皿に押し込むと、その長身を屈めイタズラっ子のような瞳で私の顔を覗き込んでくる。

びく、と、今さらこの距離にたじろいだ。



「寒いだろ、そろそろ中戻ったら? つーかむしろ、帰った方がいいんじゃない? しんどそうな顔してるけど」



意地悪そうな表情で予想外に気遣われ、また少し驚く。

と同時に、『しんどそうな顔は思いのほか近いこの距離のせいもあるかも……』と考え、こっそりずりずりと後ずさった。



「そう、ですね。帰ろうかな……」



会費はすでに徴収されている。酔っ払って前後不覚になる前にと、今回の幹事が会の序盤ですみやかに回収していたから。

最終的に足りない分が発生したかは後日教えてもらおうと、私は尾形さんの言葉に小さくうなずいた。

でも、まずは中に置きっぱなしのコートを取って来なきゃ。そう思って踵を返そうとした私は、にゅっと横から目の前に現れた手のひらに進路を邪魔され動きを止めた。
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