イジワルな彼に今日も狙われているんです。
若干驚きながら振り向けば、そこにはやはり笑みを浮かべたままの尾形さんがいる。



「向こうに置いて来てるのは、上着だけ?」

「え? あ、はい」

「待ってていーよ。俺も帰るから、ついでに取って来てやる」



こちらが「えっ」と声をあげるより、彼が私の頭にふわりと手のひらで軽く触れる方が早かった。

まるで私をこの場に押しとどめようとするようなその動作に、思わず硬直する。

それをいいことに悠々と居酒屋の店内へと姿を消した尾形さんは、少ししてから再び私の前へと舞い戻って来た。



「はい。これで合ってる?」

「すっ、すみませ……っ! ごめんなさい、ありがとうございますっ」



差し出されたグレーのコートを恐縮しきりながら受け取る。

自らはネイビーのコートに身を包んだ彼は、さらに黒いマフラーでしっかり防寒しつつ「そんな謝んなよ」と笑った。



「木下さん行ってたら、たぶんまた捕まって帰れなさそうだったし。じゃ、帰るかあ」



帰宅手段を訊かれ電車だと答えれば、同じく駅へと向かおうとしてたらしい尾形さんと当然のように一緒に歩く流れになった。

そして当然のようにさりげなく私を誘導して、車道側を歩いてくれる尾形さん。さっきのコートの件もそうだけど、意外とも言えるほどになかなかの紳士っぷりだ。……これが王子たる所以?



「あの、尾形さんも抜けて来ちゃってよかったんですか?」



コンパスの大きい尾形さんの横をちょこちょこ歩きつつ、控えめに訊ねる。

彼は一瞬私へ視線を向けると、その目を眇めて小さく口角を上げた。



「まあ、今日は疲れてたから早いとこ寝たかったし。別に、あんたを庇うためでも送るためでもないから気にすんなよ」



そのセリフと表情に、私はついむっと眉を寄せた。

なんか、今の言い方。まるで私が、尾形さんが自分のために早く帰るって言い出したんじゃないかって思ってたみたいじゃない。

そんなの、思ってないし。自惚れてないし。

嫌味っぽいその微笑が、やけに癪に障った。
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