イジワルな彼に今日も狙われているんです。
なおも言い募ろうとした私に、テディベアを軽々小脇に抱えた尾形さんが見事なデコピンをかます。



「いっ、」

「ごちゃごちゃ言ってんなよメルヘン女子。白クマによる前方不注意のせいで派手にコケたりしたら、それこそ大笑いだぞ」



呆れたように言いながら、それでもその顔に本気で私を心配してくれていることを感じ取ったから、今度こそ私は押し黙った。


……なんなの、もう。

あのキスのこと、忘れちゃったくせに。

私のことなんて、ほんとはどうでもいいくせに。


どうせどうでもいい、相手なら。

こんなふうに、やさしくしないで欲しい──……。



「ッ、」



そこまで考えてハッとした私は、思わず自分の口元を両手で覆う。

数秒にも満たない直前の思考に、自分で愕然とした。


……私、今。

一体、なにを、考えた?



「あ。ほら、エレベーター来たぞ」



目の前で口を開けたエレベーターにさっさと乗り込んで、尾形さんが私のことを待っている。

未だ穏やかにならない胸を片手で抑えながら、私もその中に並んだ。

救いだったのは、エレベーター内には他の社員たちの姿もあったことだ。こんな動揺しまくりの状態で尾形さんとふたりきりになったりなんかしたら、たぶん私の心臓破裂しちゃう気がする。

階数ボタンの前の隅っこに身を寄せ、こっそり深呼吸を繰り返す。

エレベーターが目的の12階に到着したときにはなんとか平常心を取り繕って、先を行く尾形さんの背中に続いた。
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