イジワルな彼に今日も狙われているんです。
私が普段詰めているオフィスは、もうすぐそこだ。そろそろこのへんで尾形さんからテディベアを受け取ってしまおうと、曲がり角の手前で私は口を開きかけた。



「あれ、木下さん。と、尾形?」



けれどもそれより先に、誰かから声をかけられて。その声に引き寄せられるように、顔をそちらへと向ける。

曲がり角の向こう側から現れたのは伊瀬さんで、私たちを見るなりきょとんと目をまたたかせている。



「伊瀬さん! お疲れさまです」

「お疲れさま。って、何この意外な組み合わせ。そして尾形は何を持ってるんだ?」

「おお、マーケティング部の若様だー。このクマ、木下がブランド戦略部からもらって来たんすよ。で、こいつが持つと前見えてなかったんで俺がここまで運んで来ました」



『若』というのは、社内での伊瀬さんのあだ名だ。尾形さんの話を聞いて、伊瀬さんが可笑しそうに笑った。



「ははっ、木下さんはどこの部署でもかわいがられてるんだな。こうして見ると尾形はさしずめお嬢様の付き人……いや、下僕?」

「ひでー伊瀬さん。その言い方、悪意を感じるっす」

「そう聞こえたなら悪かったな。なんてったって木下さんはウチの部の華だから」

「え、や、そんな……」



伊瀬さんの言葉に、私はこっそり照れてしまう。

元、といえども、すきだった人にこんなことを言ってもらえるのは素直にうれしい。伊瀬さんはむやみやたらにお世辞とか言わない人だから、余計に。

このふたり、一度も同じ部署で働いたこともないはずなのに、なんだかすごく会話が軽快だ。

伊瀬さんも尾形さんも、話し上手の聞き上手だからなあ。ほぼ誰に対しても慣れるまで時間がかかってしまう私としては、とっても羨ましい特技だ。
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