イジワルな彼に今日も狙われているんです。
「あー……そうっすね。伊瀬さんもメルヘンクマ似合ってますよ」

「……うれしくねーよ……」



テディベアの両脇に手を入れて自分の目線に持ち上げつつ、伊瀬さんが本気で嫌そうに唸った。

とりあえず佐久真さんの話題から逸らすことに成功した私は、続けて次の段階を試みる。



「尾形さん、ここまで運んで来てくださってありがとうございました。もうこのへんで大丈夫ですので……」



先にきっぱりお礼を口にしたのは、わざとだ。こういう言い方をすれば、尾形さん的にも引かざるを得ないと思ったから。

へらりと笑う私を、尾形さんが予想外なほどびっくりした表情で見つめてくる。

え、なんだろうこの反応……。

私がちょっぴり冷や汗をかきそうになり始めたそのとき、尾形さんがふっと表情を緩め、一瞬視線をこちらから外した。



「……そっか。じゃあ、俺も戻るわ」

「ッ、」

「またな、木下。……伊瀬さんも、お疲れさまです」

「おー」



息を飲む私の隣りで、伊瀬さんが片手を挙げて返事をする。

尾形さんはもう、こちらに背を向けて歩き出していた。



「このぬいぐるみ、とりあえず木下さんのデスクに置いとく? 俺持ってくよ」

「あ、」



私の返答を聞くまでもなく、伊瀬さんがあっさり元来た廊下を進み始めた。

伊瀬さんも、どこかに行こうとしてたはずなのに……巻き込んでしまって申し訳ない。一度尾形さんの方を振り向きかけたけれど、直前で思い直した私はあわてて伊瀬さんを追いかける。
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