イジワルな彼に今日も狙われているんです。
──あ、落ちる。

そう胸の中でつぶやいたのが先か、身体が宙に浮いたのが先か。

やけに見晴らしのいい視界の真ん中、私を見上げる尾形さんがものすごく驚いた顔をしているのが見えた。


ああ、ほんと私って鈍臭いな。下まであと10段近くあったし、これ絶対痛いだろうなあ。

すぐに訪れるであろう衝撃に備え、私はぎゅっときつく目を瞑って身を固くした。



「……木下ッ!!」



ほとんど怒鳴るみたいな尾形さんの声とほぼ同時に、重力に従って落下した身体が衝撃を受ける。

でも、思っていたほどの痛みはないし、何より全身を何かあたたかいものに包まれている感覚がした。

おそるおそる、閉じていたまぶたを開ける、と。



「ってぇ……」



目と鼻の先に、眉をひそめて小さく唸る尾形さんの整った顔。

一瞬の混乱の後、階段下にいた彼が私を抱きとめてくれたおかげでこれほど痛みが少なかったのだと、ようやく理解した。

私は床に尻もちをつく尾形さんの足に跨るかたちで、上から彼の胸に寄りかかっている。


身体を密着させているせいか、ふたりぶんの、どくどくうるさい心臓の音が重なって聞こえた。

自分のせいで、尾形さんに痛い思いをさせてしまったこと。それから彼を下敷きにしてまるで押し倒してるような体勢になっているこの状況に動揺し、私はあわてて立ち上がろうとする。



「ごっ、ごめんなさい尾形さん! 今退きま、」

「木下待った。急に動くな」



思いのほか静かな声になぜか言葉をさえぎられ、浮かせかけた身体は両肩に乗せた手によって押しとどめられた。

上半身を起こした尾形さんがはーっと長く息を吐いたかと思えば、そのまま私の顔を覗き込んでくる。
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