イジワルな彼に今日も狙われているんです。



週に数回程度足を運ぶ社員食堂は、今日も今日とて昼休みの開放感に満ちた賑わいをみせていた。

かくいう私も今まさにその一角にあるテーブル席で、同僚との楽しいランチタイムを堪能している真っ最中だ。



「そういえばさなえちゃん、あたしちょっと風の噂で聞いたんだけどさー」

「はい?」



なんだか喜々とした様子で経理部所属の先輩・都(みやこ)さんが、テーブルを挟んだ向かい側から話を振ってきた。

何事かと身構え、首をかしげる。それと同じタイミングで、右隣りに座っていた珠綺さんも食事の手を止めて顔を上げた。

ふふふ、と、にっこり笑顔を深めた目の前の美人さんは、さっきよりも声をおさえて顔を寄せてくる。



「さなえちゃん、量販営業部のさわやか王子と付き合ってるって、ホント?」

「へ、」

「えっ!?」



予想外の質問に思わずフォークを落としそうになった。

隣りの席の珠綺さんも、驚きの声をあげて私と都さんを交互に見つめている。



「な、なんで、そんなことに……」

「あ、そういう反応するってことは実際違うの? でもなんか、どこぞの部署の誰かさんが、こないだ会社帰りにさなえちゃんと王子が一緒に歩いてるの目撃したらしいんだけど」



あくまで楽しげな彼女のそのセリフに思わず頭を抱えたくなるけど、なんとか堪えた。

ああ……そうだよね。一緒に退社しないまでも、会社付近で並んで歩いてればいつかは誰かに見られちゃうこともあるよね。

別にやましいことは何もないはずなのに、知らないうちに社員の誰かに目撃されていたと知って、なんとも言えない焦りのようなものがわき起こった。

私と尾形さんが一緒に歩いてたって、スペインバルに行った日のことかな。……その後のタクシーでのキスや、先週の木曜日──会社の階段でもめていた場面を目撃されたわけではなさそうだというところには、ひそかに安堵しておく。
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