イジワルな彼に今日も狙われているんです。
それにしても、私と尾形さんが付き合ってる、なんて噂があるなんて……寝耳に水すぎて、内心かなり動揺してしまった。

同時に、思いがけないとはいえ私なんかが彼の噂のお相手になってしまい、申し訳なくも思う。


階段での一件以来──もう一週間、尾形さんとは社内でも顔を合わせていない。

あんなことがあって、正直気まずい。気まずいのたしかだけれど、たとえ遭遇したとしてもとりあえず今まで通り普通の態度で接しようと毎日出勤するたび気合いを入れている身としては、ここまですれ違っているのはなんだか拍子抜けだ。

『なんとなく』というなんですかソレな理由で私のファーストキスを奪った尾形さんに対し多少の怒りはあるものの、だからといって喧嘩がしたいわけではないもの。


……まさか、避けられてる、なんてことはないだろうけど。

何気なく考えただけでずんと心が重くなった気がして、私はあわてて思考を打ち消した。



「じゃあさなえちゃんは、来週のバレンタインデーは本命チョコの予定はないの?」

「え?」



考え込んでしまっていたところに突然また話を振られて、一瞬反応が遅れてしまった。

それでもすぐ、取り繕うように笑みを浮かべる。



「ないですね。部内で配る義理チョコと、家族だけです」

「そっか~。珠綺は伊瀬くんに手作るの? あんたはお菓子作りの才能ないから手作りはやめた方いいと思うけどね」

「それは自分でもよくわかってるので、大人しく既製品のおいしいやつにしますよ……!」



わっと大げさに両手で顔を覆って悲壮感を漂わせる珠綺さんに「身の程を知っててえらいえらい」と言って、都さんがぽんぽんその肩を叩く。

やっぱりこのふたりは仲良しで、おまけにとてもおもしろい。

正社員じゃない私はふたりのような気の置けない同期もいないから、こんなとき素直にうらやましく思ってしまう。
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