イジワルな彼に今日も狙われているんです。

……バレンタイン、かあ。

先ほど出た言葉を、頭の中で反芻する。子どもの頃からずっとバレンタインのチョコレートを渡す相手は家族や女友達だけで、去年はそれに、職場の男性陣も加わった。

とはいっても、職場用のは同じ部署の女性陣がお金を出し合ってまとめて既製品を購入し、男性陣へそれぞれ１個ずつ渡すというなんとも味気ないものだ。だからなんというか、個人的なプレゼントとして男性にチョコレートを贈ったことは、考えてみれば今までの人生でなかったように思う。

そもそもバレンタインデーにチョコレートを贈るほど親しくなった異性というのが、今までひとりもできなかったから……って、これってなんかすごく悲しいなあ。


自分で考えながら思わず苦笑いしかけ、ふと思う。

……今年は。尾形さんに、あげてみようかな。

他意なんてない、ただの日頃のお礼だ。今まで何度か食事に誘ってもらって、しかも毎回自分より多めにお金を払ってもらってるんだから。むしろこういう機会に、感謝の気持ちを物にして伝えるべきなんじゃないだろうか。


あの階段でのやり取り以来、ずっと顔を合わせていなくて。偶然なんだろうけど、それでも私には、なんとなくあせる気持ちもあった。

もしこのまま、尾形さんとのつながりが切れたりしたら。

このままもう、前みたいに気軽に話す機会がなくなってしまったとしたら。

そう思うと自分の中に、なんとも言えないもやもやとさみしさが生まれる。たぶん私は自分でも思っていた以上に、尾形さんとの他愛ないじゃれあいを楽しいと感じていたみたいだ。


バレンタインに日頃の感謝と銘打って義理チョコを渡すのは、いいキッカケなんじゃないかな。

たぶん、迷惑がられたりは、しないと思うし。……あの人のことだから拍子抜けするくらい気まずさなんて微塵も感じさせないで、笑顔で受け取ってくれるような気がするし。


よし、決めた。今年は尾形さんに、バレンタインチョコを用意しよう。チョコじゃなくてもいいからとりあえず、感謝の気持ちを物にして渡そう。

きっと、大丈夫。尾形さんはいつもみたいに笑って、「ありがとう」って、言ってくれる。


ひとつ前向きな決意をしたら、少し心が軽くなった。私は和気あいあいと続く大好きなふたりの先輩の会話に相槌を打ちつつ、お皿に残っていたパスタにフォークを入れるのだった。