イジワルな彼に今日も狙われているんです。



◇ ◇ ◇


「嘘でしょ……」



来たる2月14日、バレンタインデー。

私はひとりきりのエレベーター内でひとりごとをもらしながら、真横にある壁にごつりと頭をぶつけた。


何を隠そう、現在の自分は定時で仕事を終わらせ今まさに退社をする真っ最中だ。

……握りしめたバッグの中に、尾形さん宛のチョコレートをしまい込んだまま。


『日頃の感謝を伝えるため、尾形さんにバレンタインチョコを渡す』。

今日という日を迎えるまで、私はこのミッションをもっと簡単に遂行できるものだと考えていた。

けれどいざ当日になってみると、『やっぱり迷惑じゃないかな』とか『受け取ってもらえなかったらどうしよう』、とか。

そんな後ろ向きなことばかり頭に浮かんで、結局定時を過ぎた今も用意した包みを手放せずにいるのだ。



「(……昼休みに社食では見かけなかったし、さっき帰りがけに勇気を出して営業部のオフィスをちらっと覗いてみたけど、尾形さんいなかった……)」



都合良く、バレンタイン当日に社内でばったり会えるとでも思っていたのだろうか。だけどわざわざ連絡をとってから渡すのも、なんか恥ずかしいというか重たく思われそうで嫌っていうか……。

営業部である彼は、もしかしたら一日中外勤という可能性もある。仮にそうだとすると、最初から今日尾形さんにチョコレートを渡すことは不可能だったということで。

……バレンタインチョコをあげるって決めた時点で、あの勢いのまま事前に本人にも伝えておけばよかった。そしたら当日になって、今みたいにグダグダ悩まなくても済んだのに。

ほんと私、トロいんだよなあ。要領の悪いこんな自分が、とことん嫌になる。

何周にも巻いたマフラーに口元をうずめ、ため息を吐いた。
< 59 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop