イジワルな彼に今日も狙われているんです。
そもそも、どうして私たちがお互いのそんな残念な事情を知るところになったかといえば──あれは今から2ヶ月ほど前、11月半ばにあった同僚たちとの飲み会でのこと。
「木下さーん、次なに飲む? 今店員さん呼ぶから何かあればどーぞ~~」
「あ、ありがとうございます……」
テーブルを挟んだ向かい側からにこやかにメニュー表を差し出してくれているのは、普段あまり関わりのない別部署の男の先輩だ。
ぎこちなく笑いながらも、私はそれを受け取る。
次……どうしよう。正直もう、あんまりお酒飲みたいと思わないんだけど。
うろうろと視線をメニューの上で滑らせているうちに店員さんが来てしまって、とっさに目に付いたホット黒ウーロン茶をあわてて注文する。
自分の鈍臭さに小さくため息をつきながら、メニュー表をテーブルの上に戻した。
「わりー、遅れた」
居酒屋の喧騒に紛れて聞き慣れた声が耳に届いたから、ふとそちらに視線を向ける。
私の背中側、左の方にあったふすまを開けて顔を出したその男性は、同じマーケティング部の先輩で。
「おー伊瀬、残業お疲れー」
「伊瀬さんお疲れさまでーす。とりあえずビールにします?」
「お疲れ。さっきすれ違った店員に頼んどいたから大丈夫」
彼は口々に声をかけるまわりの人たちに返事をし、ちょうど空いていた適当な座布団に腰をおろす。
ひとり挟んだ右隣りに私がいることに気付いたらしい伊瀬さんが、軽く首を傾けながら小さく笑いかけてくれた。