イジワルな彼に今日も狙われているんです。
大げさにため息を吐いてみせる尾形さんに、不謹慎とは思いつつくすりと笑ってしまう。

ああ、よかった、気まずくない。気まずさなんて感じさせずに、尾形さんが普通に話してくれてる。


今この瞬間、私はたまらなく安堵していた。

だというのに──それと同時進行で、小さなトゲのようなものが胸をチクリと刺す。


きっと、私だって今同じ表情をしているはずなのに。……そんな、あからさまにホッとした顔しないで欲しい。

気のせいじゃない。やっぱり尾形さんにとってあのキスは、なかったことにしたい出来事なんだ。

忘れたい、ことなんだ。

それって、なんか……悔しくて、たぶん、……さみしい。


そんなふうに思ってしまう私は、やっぱり面倒くさい女なのかな。



「尾形さん、バレンタインにずっと外なんて、かわいそうですね」

「うっせ。いっちょまえに先輩からかってんじゃねーよ」



そう言って尾形さんは怒ったフリして笑うけど。その手にしているカバンの中にきっといくつも、取引先からもらったものが入ってるんでしょう?

私は無意識に、自分の肩にかけたバッグの持ち手を握りしめる。



「でも尾形さん、実際のところモテますもんね。営業部の尾形さんのデスク、チョコの山ができてましたよ」

「……あ?」



尾形さんが、少しだけ驚いたように目を瞬かせたのがわかった。

だけど私はそれをまっすぐ見ることなく、自分の持つバッグに視線を落として中を探る。

どうしてそれを知ってるんだ、という問いかけが彼の口から出る前に、取り出したものを片手で差し出した。
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