イジワルな彼に今日も狙われているんです。
「じゃ、1時間。1時間でやること終わらせて迎えに行くから、いつもの店で待ってて」

「え? あ、の」

「ナンパに気をつけて、いい子で待ってろよ」



最後にくしゃりと頭を撫でてから、尾形さんはあっさり踵を返して行ってしまった。

足早に去って行く後ろ姿を、その場に突っ立って呆然と見つめる。

呆然と、してるはずなのに。裏腹に激しく動く心臓はどくどくと早鐘を打っていて、さっきまで尾形さんが触れていた腕が熱い。


いつもの店、って……たぶんあの、コーヒーショップ、だよね?

前に尾形さんを待ってたとき、知らない男の人に絡まれた場所。だからあんなセリフ、最後に付け足して──。



「……ッ、」



ぼっと、燃えるように頬に熱がともる。『いい子で待ってろよ』とささやいたやさしい声を思い出して、反射的に自分の右耳を手のひらで覆った。

……なるほど、営業部のさわやか王子様。あんな言葉がさらりと出るなんて、さすがですね。

脳内で悪態をつきながらも、いいように動揺させられている自分が情けない。私は自分の中にこもる熱を冷ますように深く息を吐いてから、尾形さんに指定されたコーヒーショップへと歩き出した。
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