イジワルな彼に今日も狙われているんです。
……やっちゃった。
今度こそ私、顔を合わせられなくなることを尾形さんに言っちゃった。
駅から会社を目指す足取りがとてつもなく重い。伊瀬さんに振られた翌日すら、見慣れた自社ビルへの出勤をここまで憂鬱に思わなかったのに。
むしろあのときは、キッパリ振ってもらえていっそ清々しいくらいの気持ちだったしなあ。伊瀬さんが珠綺さんのことしか見ていないことも、もともとわかってたし。
報われないとわかってた片思いにケリがついてすっきりしたあのときと今じゃ、状況が違いすぎる。もう何度も頭の中で再生しては羞恥に悶えた昨夜の自分の言動をまた懲りずに思い出してしまった私は、泣きたくなりながら深いため息を吐いた。
『私、尾形さんの家に、行きたいです』
人並みに恋愛経験すらない私が昨夜、衝動的にあんなことを口走ったのは──たぶん、ずっと長い間ひとりの男性に一途に想ってもらえているすみれさんのことを、とてもうらやましいと強く感じてしまったから。
それがたとえ仮初のものでも、刹那的なものでも。私も彼女と同じように、ただひとりの人に大切に扱って欲しいと思ってしまったから。
しかもそれは他でもない、あのとき目の前にいた尾形さんに対して、だ。
一時でも、あんなふうに考えてしまった自分が信じられない。
今思い出しても穴があったら入りたい気分になるし、いっそそのまま這い上がれないよう埋めて欲しいとすら思う。
けれどもそんな都合良く私の存在を隠してくれる穴なんてあるわけなくて、水曜日の今日はあたりまえに会社だって稼働している。
台風が訪れている胸中はひた隠し、結局私には、いつも通りに出勤して仕事をこなす以外に選択肢は許されていないのだ。