イジワルな彼に今日も狙われているんです。
さっき話題に上がった『佐久真さん』というのも、私たちと同じマーケティング部に所属する女子社員だ。そして社内では公にしていないけど、彼女こそが伊瀬さんの長い片思いを一身に受けた相手で、少し前からはめでたく恋人同士になった女性。

なぜその事実が公になっていないかといえば、佐久真さん──珠綺さんが、『恥ずかしいから』とまわりにバレないよう隠したがるらしい。

その気持ちはなんとなくわかるとはいえ、ふたりが付き合い始めて以降オフィスでも廊下でも伊瀬さんが珠綺さんに向けている視線は明らかにただの同期に対するそれとは違っているから、黙っててもそのうちバレちゃう気がするんだよなぁ。伊瀬さんはもともと気付かれてもいいと思ってるからか、あまり自重する気もないみたいだし。


だけど、今は社内で数少ない真実を知る人物である私も、おとなしく珠綺さんの意思を尊重して口を噤んでおく。

たしかに私は伊瀬さんに恋をしていたけれど、どっちの味方かと訊かれれば間違いなくその恋人である同性の先輩を選ぶのだ。傍から見れば恋敵だったとはいえ、珠綺さんは今も私の憧れで、大好きなお姉さん的存在だから。


ホットウーロン茶のカップを両手で包み込み、ふうとまたひとつ嘆息する。

なんか、やっぱり私ってダメだなあ。キッパリ振られてちゃんと諦めたはずなのに、未だにちょくちょく伊瀬さんのこと目で追っちゃうし。誘ってもらった量販営業部の人たちとのこの飲み会も、人見知り発揮してあんまり楽しめてないし。

せっかくまわりの人たちが気を使って話しかけてくれるのに、場を盛り上げられる楽しい返しもできない。昔から、私ってこんな感じ。こんな、鈍臭くておもしろみのない自分のことは、実を言うとあまり好きじゃない。

いいなあ、自分に自信のある人は。……自分のことを、ちゃんと好きでいられる人は。

ひっそりと大事にあたため続けていた片思いすら失ってしまった今。私の中には、一体何が残っているんだろう。
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