イジワルな彼に今日も狙われているんです。
別部署間の交流という名目の飲み会は賑やかに続く。

昨日突然決まった飲み会らしいけど、結構集まりがいい。マーケティング部も量販営業部も、ノリがいい人が多いみたいだ。

さっきまで対角線上の離れた席にいた男性の先輩が、なぜか私の隣りに無理やり割り込んで来たかと思えばなんだかすごく絡んで来る。すっかり参ってしまった私は、反対隣りにいたマーケティング部の先輩に「お手洗いに行ってきます」と断りバッグを持って席を立った。

週末ということもあって、このチェーン居酒屋はなかなかの盛況ぶりだ。お手洗いで軽く化粧直しも済ませ、けれどもなんとなくすぐあの場に戻ることを躊躇った私は、騒がしい店内を抜けて出入り口へと向かう。

いろいろな匂いが入り混じった煙たい空気から逃げて、少し、風にあたりたかった。靴箱から履き慣れたパンプスを取り出し、自動ドアから外に出た私は室内からの急激な温度差に身震いする。

11月の夜風は冷たい。やっぱり上着もなく外に出たのは無謀だったかな。

風になびく横顔を耳にかけながら白い息を吐いた私は、ふと、視線を感じて自分の左側へと首をめぐらす。

そこにいたのは、背の高いスーツ姿の若い男性で。私がそちらへ顔を向けたことで、邪魔にならないドア横でタバコをふかしていた彼とばっちり視線が絡まった。

自分としてはわりと近い距離で、男の人と目が合ったことにびくりとおののく。

だけどすぐ、その男性が自分も見知っていた人物だということに気がついて。「あ、」と無意識に声がもれた。


この人は……量販営業部の、尾形さんだ。

背が高くて顔も整ってて、おまけに仕事ぶりも高評価らしく、マーケティング部にもひそかなファンがいるから私でも知ってる。たしか、転勤した宇野さんのあだ名を継いでナントカ王子って呼ばれてる人。

私の無言の視線を受け、ナントカ王子の尾形さんは口元からタバコを離すとその手を軽く持ち上げた。



「あー、マーケ部の……木下さんだっけ? お疲れ」

「あ、はい。お疲れさまです」



ドキドキと胸が鳴る。自分の名前を尾形さんが知っていたことにも驚きだし、よく知らない人と初めて会話をするときは、いつだって緊張だ。

尾形さんはかすかに笑みを浮かべながら、もたれていた壁からゆっくりと身体を起こした。
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