どうしようもないほど、悪人で
「まだまだ太れ。“人間らしく太れよ”」
おかしなことを言う。笑えるほうではなく、相手の頭の出来を疑うような意味で。
「人間ですよ」
「肋骨浮き出ているような奴は人間じゃねーよ」
途端、彼が体を上げる。私の肩に手を置き、諭すように口を開けた。
「お前さ、生きろよ。つか、笑えよ。せっかく“助けてやった”んだから」
「殺人鬼に誘拐される結果が『助かった』とはなかなかに度し難いのですが」
「茶化すなよ」
怒ったか、押し倒される。
口付けをされる一歩手前で押し止めた男。
「お前を“飼っていた”屋敷の連中がどんな奴か知りもしねえ。けど、あの時のお前ーー二階の窓から見えた、裸で吊されてるお前を見たらそいつらが何をしているかぐらい分かる」
あの日、というよりも、私は毎日、“見せ物をしている”。屋敷の主人が遊び飽きたので趣向を凝らし、みんなにも分け合おうと一日中窓際に吊されている。
「足の腱切られて、逃げられないようにされて、ろくな食事も与えられてねえ体して。少なくとも、俺と一緒なら前みてえな暮らしにはなってねえだろ。うまいもん食わせて、外にも連れ出して、温かな場所にいさせて。他に何を望むんだよ。一人で生きていけねえ体してよ……!」
怒声混じりであったのを自覚したか、覆い被さった男の影がなくなる。相変わらずの空だ。
「助けたなら、どうして助けたのですか」
慰み者にするわけでもない男に聞く。
優しさとは程遠い殺人鬼は、目を合わせず俯いたまま答えた。
「俺が、助けてもらいたかったから」
在りし日を語る。
「前に話した“よくある話”の中でさ、やっぱり途中から助けてほしいって。きっと、“誰かが助けに来てくれる”って思っていた。ハッ、結局のところ誰も助けに来てくれねえから、こうなっちまったんだけど。だろうな、だろうよ。どうして薄汚れたガキに手を差し伸べる?助けたところで何の得にもならねえ。損、損損損っ!特別でも何でもねえ、“よくある話の中の一人”でしかない俺が、どうして特別に助けられると思ったのか。
ーー思っちまった。願っちまったんだよ。あまりにも酷くて。自分じゃどうしようも出来ねえから」
起き上がった私を抱き寄せる彼は、在りし日の幼子のように弱々しく思えた。
「どんな苦しみも一人で解決するしかねえ。他人を宛てにするのが間違いだ。世は優しさで満ちあふれているわけがない。人の手は誰かを傷付けるためにあんだよ。傷を受ける痛みと、傷を与える快楽がはびこる世界で、誰かが助けに来ると夢見心地でいる。いたんだ……。目が覚めた。死ぬ間際になってようやっと。俺バカだからさ。時間かかったわ。俺の手だって、人を傷つけられるってのに」
血臭がする体。
数多の人を殺し、世界そのものをーーこんな私たちの存在を“よくある話”とまとめてしまうような世界に、男は復讐をしている。