ジャスティス

駐車場に置いてあった車を移動させてから数時間後。

慌ただしく屋敷の呼鈴が止むことなく鳴り続けた。

善一がカメラから門前を確認すると、明らかに苛立った様子のワンボックスの車の持ち主が何度も呼鈴を叩きつけるように鳴らしている。

横にはあの季節感のない服装をした女が指先で髪を弄りながら横に立っていた。

その指は真っ赤で派手な装飾の施された付け爪が張り付いている。



「由良様、彼らが来ましたよ。どうしますか？」



善一は呼鈴の音がでないように操作すると近くにいた由良に顔を向けた。



「とりあえず。うちに案内しましょう」



善一は分かりました。と言うとインターホンから男に話しかけた。



「なにかご用ですか？」



目的は分かりきっていたが、善一は敢えてそう聞いたのだ。



「てめぇらだろ！！俺の車を返せ！殺すぞ！」



全く懲りる様子もなく、更には出来もしない"殺す"などという言葉を当たり前に吐いた男。

善一は溜め息を吐くともう一度インターホンに話しかけた。



「車はお返しします。今からそちらに伺いますからお待ちください」



そう言うと善一は再び由良の方を向くと呆れたように首を振った。



「善二に代わりに行ってもらいましょう。私は車の方へ行きます。由良様は善二と一緒にいてくださいね」



善一は携帯を取り出すと善二に連絡をし、部屋から出ていった。

由良が部屋から出ると既に善二が玄関に立っていた。



「由良ちゃん、ここで待ってる？」



「ううん。私も行く」



もとより待つ気などないのか、由良は靴を履きながら答えた。

善二は由良には自分の後ろから付いてくるように促し、門まで歩いた。

門が開くと同時に男は勢いよく門から庭に侵入して善二の胸ぐらを掴んだ。



「車を返せ！コノヤロー！！」



怒りに満ちた眼差しで、力をグイグイと入れて善二に詰め寄る男。

女は他人事の様にそっぽを向き、寒いのか体を擦っていたが、男が詰め寄るその姿を黙って見ていた。


朝の5時前、まだ周りも薄暗く肌寒い中、大きな声で怒鳴る男の声は周りによく響いた。



「取り敢えず手を離してもらえませんか？」



善二が男にそう言ったが男は鼻息を荒くし、全く聞く耳をもたなかった。



「手を離しなよ。離さなければ車は返さないよ」



由良が挑発するように言うと男は手を離し今まで善二に向けていた怒りを由良へと向けた。



「なんだと！ぶっ殺すぞクソ女！！」



男が由良に向き手を伸ばそうとしたときだった。



男は仰向けに地面に倒れていたのだ。

被っていた帽子は落ち、坊主にした頭が見えた。

首は善二の右手によって押さえ付けられている。

一瞬の出来事で、男は自分の物ではないような声を出し、そのまま固まっていた。

女は唖然としたまま立ち尽くし、ただただその姿を黙ってみていた。



「お嬢様に触れることは許しません。お嬢様に危害を与えるというのなら私が貴方を殺しますよ？」



無表情でそう言った善二の顔を男は黙って見ていた。



「今、死にたいですか？死にたくなければ大人しく着いてきなさい」



善二の言葉に一瞬、大人しくなった男だったが、自分が地面に押し付けられた事が余程に屈辱だったのか。

男は善二の手を振り払うと睨み付けながら帽子を拾い立ち上がった。



「こっちは車さえ返してくれればそれでいい！早く返せ！！」



勝てる相手ではないと理解したのだ。

それでも怒りが収まらない男は怒鳴るように言い返した。



「分かりました。ご近所に迷惑がかかりますから大きな声を出さないように。お願いします」



善二は無表情だった顔を崩し、少しばかり微笑みながら返事を返した。



先頭を歩く由良の後ろには善二が着き、その後を追うように男と女は歩いた。