ジャスティス
「ねぇ、あれが何か分かった?」
男に問いかけるようにしたが男はガクガクと震えるだけで何も言わなかった。
だが男にはあれが何かと悟った。
暫く前まで一緒にいた女の一部だと。
ポチャリと音がすると、同時にバチャバチャと激しく水を叩くような音が聞こえた。
あの手首がどうなっているのかはその光景を見ていたらよく分かった。
水が濁り、小さな浮遊物が散らばる。
女の手首は骨と少しの組織を残して、その大部分は水の中にいる生物に全て食されたのだ。
「テレビで見たことあるよね?アマゾンとかにいそうな肉食の魚」
男はガクガクと震えながら小声で、助けて助けてと呟いていた。
「ピラニアって一言で言っても、いろんな種類がいるの。ピラニアは肉食で獰猛だってイメージだけど、本当は臆病な性格で大きな音や血の臭をさせなければ滅多に襲うこともないの。
ここにいるのはジャイアントイエローピラニアっていって、ペットショットとかで買うこともできるんだけど、ピラニアの中では凶暴な部類で大きさは60センチ以上にもなるの。
ここにいる子達はきっと今は40センチくらいかな?
近くで見てみなよ」
由良が更に男に近付くと、男は叫びながら立ち上がり右手で由良の服を掴んだ。
一瞬の事で由良は避けることもできず、ただ力ずくで掴みかかった男の顔を間近で見るとその顔は怒りからなのか恐怖からなのか、よく分からないがぐちゃぐちゃに歪み涙や血液で汚れていた。
自分が掴まれ、何かされると思いながらも、由良にはその顔がお酒に酔った真っ赤なひょっとこに見えてしまい思わず吹き出してしまった。
だが男はそんなことに気付いていないかのように早口で由良に向かって叫んだ。
「死ぬのはテメェだ!!クソ女ぁぁぁ!!くだばれ!!」
その言葉が言い終わる前、男は由良を勢いよくプールへと突き飛ばした。
「わ……ぁっ」
体が後ろに倒れ、落ちると思ったときには既に水の中に落ちていた。
手首を落としたときとは比べ物にならないほどの大きな水飛沫が上がり、バシャバシャと水が跳ねた。
「や、やぁ…いゃぁぁぁぁ!!!!」
由良は大きな声で叫びながら腕を上に必死で伸ばしながらプールから出ようとしていた。
深さは由良の胸辺りまであった。
バチバチと腕を振り払い水の中を進む由良は一度沈み、また浮き上がった。
その姿を見て、男は笑いながら叫んだ。
「死ね!!死ね!!食われちまえクソ女ぁぁ!!」
身を乗り出すようにして男は叫んだ。
由良が再び沈み、もう一度、顔を水面から出すと男は口を開けたまま呆然と立っていた。
「なーんてね」
水を滴らせた由良がプールの真ん中でニヤリと笑って立っていたのだ。
わざとらしく音を立てて水面を左手で弾き、男に水をかける。
「ピラニアは血の臭いを嗅いだり、今みたいに騒がしくしなければ襲わないのは本当。じゃぁなぜ私は襲われないのか。それはね、この子達は飼い主に従順で特殊だから」
右手を水面から上げると男に向かい、何かを投げつけた。
体に当たったモノ、それは先ほどプールに投げられた女の手首だった。
既に肉は殆んどなくなり、骨に筋肉の筋が疎らに付いているだけのモノ。
払い除け、泣き叫ぶ男には目もくれずに由良は周りを泳ぐピラニアを余所にプールサイドへ上がった。
いつの間にか来ていた善一が由良をタオルでくるんだ。
「由良様、大丈夫ですか?」
「大丈夫。あーあ、服が血で汚れちゃった」
「あまり挑発するために近づいては行けないと仰有ったでしょう?あなたは……」
「ありがとう。でも大丈夫だから。それよりアレ、爪先だけ入れといて。私、シャワー浴びてくるから」
「分かりました」
窓もないコンクリートの壁に一つだけ付いているドアの向こうに由良は消えていった。
残された善一は天井から伸びた配線に繋がる四角い装置を手に取るとボタンを押した。
モーターの回る音が聞こえ、カラカラと音を立ててロープが手繰り寄せられ、男の左手が上に上がっていった。
ピンと伸びた腕ばされた腕は真上を向き、ロープだけに支えられて宙に浮いてしまった。
脇腹が引き吊り痛みが走ったが全体重を支えている手首は千切れそうな程にギリギリとロープが食い込み痛んだ。
「あぁぁぁ!!!!!」
拘束のない右手を左手首に繋がるロープへ掴み、なんとか体制を整えようと必死だった。
そんな最中、男は善一の顔を見ると背筋がゾワリとするのを感じた。
この男は何かヤバイーーーーー
そう思わずにはいられなかった。