素直になれない雨と猫
「このクッキー……」
目の前の彼は道に散らばったクッキーを見て、なにやらぼそぼそ呟いていた。
お願いだからどこかへ行って。
あなたがいるとわたしはどうすることもできなくなる。
胸が苦しくなる。
意味がわからない。
「そっか、君も好きなんだ、ルノールのクッキー」
「え」
道に落ちたクッキーの一つが彼の手によって拾い上げられる。
彼が手にすると道に落ちたクッキーも宝石のように思えてきて不思議だ。
「でもこれは食べないほうがいいよ。聞き分けの悪い君だってさすがにわかるでしょう。よかったら僕のをあげる」
顔を上げると彼が紙袋を差し出していた。
ルノールの袋だ。中身は見なくてもわかる。彼の瞳が語っているから。
「君の名前は?」
「ユメ」
自然と答えていた。
いつものわたしはこんなに素直な子じゃないのに。
クッキーに釣られたのだとしたら、単純すぎる。
「……そう、素敵な名前だ。僕のだいすきな子と同じ名前」
彼は一瞬ぱっと目を開いて、すぐに笑った。
きらきらした笑顔じゃない、夢を見ているような切ない笑顔だった。