素直になれない雨と猫
「あら、おかえりなさい、由芽さん。まあこんなに濡れて」



修道服をきっちり着込んだ彼女が、優しい笑顔をわたしに向ける。


水沢密花(みずさわみつか)。

彼女はいつだって笑顔だけど、わたしは不思議とその笑顔だけは信じることができた。

修道服を着ているけど、ここに修道女はもういない。

密花さんは元・修道女で、いまはここの主だ。

昔、なにか大きな事故があってから、ここにいた人はみんないなくなってしまって、密花さんだけが残されてしまった。



「温かいミルクをつくりましょうか? それともお風呂に入る?」

「ミルクがいいな」



密花さんはお母さんみたいな人。

わたしが思い描く理想のお母さん。

お母さんが本来どういうものなのか、わたしにはわからない。



「ミツ、あたしもお願いできるかい」

「ええ、もちろん。ナオくんにもいれましょうね」



代里が言わなくても密花さんは全員の分を用意しただろう。

ナオとは、ここの住人の一人。わたしの唯一の親友でもある。



「由芽さん、服だけでも着替えてきてくださいね」

「うん」



調理場に向かう密花さんの後姿を目だけで追う。


やっぱりわたしの居場所はここしかない。
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