中山くんと……
隣の青木さん
コンビニの袋をぶら下げて、二階建てアパートに帰ってきた中山くん。
中山「こんばんは、青木さん。夜逃げ屋ですか?」
隣の部屋に住む青木さん(男)が、部屋の外で本をまとめビニール紐でくくっていた。
青木「あのな、夜逃げかと聞くならまだしも、夜逃げ屋かと聞くのはおかしいだろ。ただの隣の人なんだから。それになぁ、夜逃げなら、誰にもわかんないようにやるよ。部屋の正面で逃げる用意はしないから」
中山「そうなんですか? 俺、夜逃げはしたことないのでピンとこないです。あっ、じゃあ、あっちか。ときめくお片付けですか?」
青木「あっちかって、なんだよ。ときめくかどうかは、わからないけど片付けではあるな」
中山「へぇ、心境の変態ですか? 間違えた。心境の変化ですか? いつもはゴミもすてないのに」
青木「変態と変化? 間違えないよな? わざとだろ、わざと間違えたな? ん? それにな、俺はゴミは、捨ててるよ。ただ、ゴミじゃないものが多かっただけだろ」
中山「流行ってますもんねー、ゴミ屋敷」
青木「別に流行ってね〜よ。流行らせるもんでもね〜しな。もしかして、きみは俺の部屋をゴミ屋敷だと言いたいのか?あ?」
中山「えぇ、まあ」
青木「まあって認めちゃう? 認めちゃうんだ。全く、なんなんだこいつは……まっ、いいや。一杯やろうぜ、おまえの部屋でな。酒は持っていくから。つまみは……」
青木さんは、中山くんが手にしていたコンビニ袋を見つけた。
青木「つまみは、コンビニでなんか買ってきたんだろ? それでいいや、なっ?」
中山「え〜コレですか?」
青木「ああ、部屋で用意して待ってろ。酒持ってくから、そーだ。柿の種くらいは、確かどっかにあったぞ」
部屋に戻っていく青木さん。中山くんも自分の部屋に入っていった。
少しして中山くんの家にやってきた青木さん。
青木「お、いいね〜おでんか。寒い時は、やっぱりおでんだよな。温めたか?」
中山「はあ」
おでんの容器には、まだフタがしてある。
青木「さ、開けてくれよ」
中山「はあ」
フタを開けたおでんの容器。普通ならもっと小さい容器に入れてくれるはずだが、何故かさっきのコンビニ店員はおでんが5つくらいは余裕で入りそうな容器に卵とはんぺんを入れてくれたのだ。
だから、フタを開けてみると、まるで誰かの食べ残しみたいに卵とはんぺんがさみしく存在して泳いでいるだけだった。
青木「……このおでん、なんなんだよ。さみし〜、なんかさみしくなる〜。俺、なんか涙出そう」
中山「あっ!」
青木「な、なんだ急に?」
中山「箸!」
青木「箸?」
中山「つけて貰えばよかったと思って。1膳でいいなんて、たんか切らなければ良かったなぁ。大失敗だ」
頭を抱える中山くん。
青木「たんかきってきたのかよ。まあ、アレだ、大失敗ってほどじゃねーよ。いーよ、もう、それは、おまえの飯だろ。おまえがおでん食えばいいよ」
中山くんの肩をポンポン叩く青木さん。
中山「そうですか? なんかすいません」
青木「他になんか買って無いのかよ」
中山「プリンがありますよ! ……あっ!」
青木「今度は、なんなんだよ」
中山「スプーン貰えば良かった。プリンを分けて食うほど貧困じゃないとか、プライド高いことを言っちゃったから、大失敗だ」
青木「プライド高いことなのかよ、ソレ。だ、大失敗ってほどじゃねーよ。プリンはツマミにならないから、おまえが食え。俺は柿の種でいいから」
中山「それじゃあ、わざわざ遠くから来てもらったのに申し訳ないなぁ」
青木「わざわざ遠くって距離でもねーよ。隣だからな。俺なら大丈夫だ」
中山「あっ、そうだ。コレなら半分にできますよ」
袋をガサゴソ言わせて中山くんは、メロンパンを取り出した。
中山「すこーし、いつもと違う味わいのはずですよ!」
青木「いらないよ。パンはツマミにならないから」
中山「そんなことないですよ。さっどうぞ」
メロンパンを半分にちぎる中山くん。
青木「いらないのに……なんか…悪いな。で、なんでいつもと違う味わいなんだ?」
パクリとメロンパンにかじりつく青木さん。
青木さんに少し寄り、小さい声を出す中山くん。
中山「実は、ここだけの話ですが、すこーしだけチンしてもらいました」
青木「……モグモグ」
中山「モグモグ」
青木「ふーん。すこーしだけチンね〜。それはコソコソ言う話かよ」
中山「はい、すこーしだけチンですから」
2人は、並んで窓から見える三日月を眺めた。
青木「モグモグ」
中山「モグモグ」
世の中何があるかわからない、そう言っていたコンビニくんを思い出している中山くん。
青木「べちゃべちゃだな」
中山「べちゃべちゃです」
こうして、ご近所さんと過ごす中山くんの夜はふけていくのでした。