ダブルベッド・シンドローム
「慶一さん。」
彼は「はい」と言って、腕を支えに体を起こし、仰向けに寝ているままの私を見た。
その瞳はあまりに綺麗であった。
それは桜さんのことは、きっとこの瞳の奥に仕舞い込んでいるからで、それを再び濁らせることになりはしないか不安になったが、私は社長が言っていたとおり、この瞳を解放してあげたいとも思ったのだ。
「・・・慶一さん、私、」
どうにかそこまで言って、いや、そこまでしか言っていないのに、私は今日一日ですっかり涙腺が弱くなったらしく、目には涙が溜まってしまった。
慶一さんはそれにギョッとしたように慌て始め、しかしその指で私の目元を優しく拭ってくれた。
「あの、菜々子さん・・・今日は少し、様子がおかしいと感じていましたが、何かあったんでしょうか?」
「あの、慶一さん、私、お伝えしなきゃいけないことがあって、」
「はい。大丈夫です、お聞きしますよ。ゆっくりでいいですから。」
きっと、彼を傷つけない言葉などないのだ。
真実を伝えて、それで彼がどういう気持ちになるか、私はそれを見ているしかできない。
私は慶一さんの頬に手を添えた。
「慶一さんの、本当のお母さんは、藤沢桜さんは、亡くなっているんです。」
そう言ったら、もしや彼は泣いてしまうのではないか、とも覚悟をしていたのだが、彼は少し目を開いただけで、そして驚くほど冷静に、「なぜ菜々子さんがそんなことを知っているのですか?」と聞き返してきた。
そして「働いていた病院が関係しているのでしょうか」と推理までもを始めてしまったのだ。
「・・・慶一さん、驚かないんですか?」
「驚いていますよ。少し混乱しています。」
彼はベッドに腰かける姿勢まで体を起こしたので、私も体を起こし、その隣に寄り添った。
そして、先程、北山さんに話したのと同じ、桜さんに関する私の記憶と、そしてそこに、明らかとなった社長の話を織り混ぜて、ただの真実、そしてそれを慶一さんの想像に残酷な映像を焼き付けない程度の詳細な描写で説明することに、数分の時間を費やすこととなった。