ダブルベッド・シンドローム
─宣言どおり、どうにかマンションに戻ってきて、荷造りを始めたところまでは良かったのだが、ここから実家へ帰るためのプロセスを、私は一向に進めようとはしなかった。
まずは実家の母に、戻る旨を連絡しなければならないが、それがどうしても、億劫になったのだ。
それは、さっそく出戻りとなったことが気まずいという話ではない。
母には今更、そんなことを恥ずかしく思うほど気を遣ってなどいなかった。
それよりも、出戻りの原因を話すことは、専務に気に食わないところがあったのだと、母に説明することとなるからである。
母は私と、考え方が似ているから、当然に、私を疑った専務を非難するはずに違いない。
それこそ、うちの娘に何をしてくれてるんだ、という具合である。
専務は今ごろ、社長に責められているのだろうが、それはおそらく私が考えていたよりも、激しい叱責になっているかもしれない。
最優先にしてきた社長に、私なんぞのことであんなに怒鳴られて、専務はさぞや傷付いているだろう。
そしてそれを改善する術を持ち合わせていないせいで、叱責を受けてもなお、そのことについてずっと悩み続けなければならないはずだ。
そんな弱っている専務に、さらに私の母の叱責を投入するようなことは、どうしても気が進まなかったのだ。
やがて荷造りは停滞し、タイムリミットも意識せず、無人の駅に停車し続けた電車のように、私はボーッと、ソファに座り込んでいた。
電気をつけないままでいたのに、空が暗くなったことにしばらく気が付かなかった。
荷造りをする気も、実家に連絡を入れる気も、もはやなくなっていた。
『僕には、それしかないですから。』
私は、なぜかもう一度、専務に会いたくなったのだ。