ダブルベッド・シンドローム
浜田先生のことを好きになったのは、ユリカよりも、私の方が、ずっとずっと早かったのだ。
好きになった当初は、彼が、天然で好かれる行動を取っていることに気が付かなかったもので、私は勝手に、良い雰囲気になっていると錯覚していた。
今思えば、火傷をする前にユリカが釘を刺してくれたから、ちょうど良かったのかもしれない。
『菜々子。浜田先生は、私が狙ってるからね。本気出すつもりだから。』
そう言われたときは、私の気持ちが漏れてしまっているのかと思ったが、ユリカは皆にそう言っていた。
それからすぐに、浜田先生はみるみるユリカを気にし始めて、ついに私に相談を持ちかけることもあった。
ピエロになることは辛いもので、私は二人が付き合い始めてから、しばらく距離を置いたりもした。
しかし、ユリカが変わらず、無神経に接してくるものだから、それもさらにやめた。
そして、とられたのがユリカで良かった、というところに気持ちを落ち着け、折り合いをつけたのだ。
それでも、浜田先生は、私の憧れだった。
もう人の夫になった彼に、どう接していいか分からないし、それに彼の天然タラシぶりは変わらないのだから、私はまた惑わされることが怖くて連絡をとらなかったのだ。
いや、本当はそうではない。
惑わされることが怖いのではなく、あの頃の私に引き戻されることが怖いのだ。
まだ浜田先生のことが好き、という話ではない。
惨めな恋愛をした記憶が、私は幸せになれない、誰かのピエロになるような運命がまとわりついている、そう言われている気がしてならないのである。
「あの、浜田先生は、ユリカと仲良くやっていますか?」
『うん?』
「あ、もう、新婚も過ぎて、どんなかんじなのかなぁと。」
『うーん、まあ、普通だよ。』
私は不思議と、過去の、浜田先生のことについて、ユリカに腹を立てたことはない。
私が腹を立てるには、ユリカはあまりにも無神経で潔すぎたのである。
それが、今までずっと友達でいられた要因なのかもしれない。
だから、私は今、先生とユリカが上手くいっていないと知って、自分が嬉しさを感じていることに、気付きたくなかったのだ。
自分に浜田先生を好きだという気持ちが残っているということなら、まだ良かった。
その方が、よっぽど健全だったはずだ。
ところが私の本音はおそらく、私の、浜田先生への恋が打ち消された惨めな過去があるのに、ユリカが幸せにならなくて良かった、そんなところなのだ。
そして、私のそんな気質を見抜いているから、ユリカは私の電話に出ないのではないかと思うと、私は酷く恥ずかしくなった。