ダブルベッド・シンドローム
その日一日、電話を切ってから慶一さんが帰るまでに、この家で私が考えついたことは大きく三つあった。
慶一さんに朝食を作ることについて御伺いを立てることと、仕事をしてみること、さらに今後何かあれば全てを母に相談することだった。
「おかえりなさい。遅かったですね、お疲れ様です。」
「申し訳ありません。先に寝ていただいて良かったのですが・・・。役員会議があったので。」
「そうなんですね。」
慶一さんは一度寝室に寄って、着ていたスーツをクリーニングの袋に入れ、セーターに着替えて戻ってきた。
彼は部屋に充満していたビーフシチューの匂いに、すぐに気がついた。
「何か作って、食べていたんですか。」
「はい。ビーフシチューです。・・・慶一さんは、もう夕飯は食べましたか?」
「ええ。会食があったので。」
「そうですか。その、足りました?お話しながらだと、なかなか食べられなかったとか?」
「いえ、そんなことはありませんでした。」
一口食べてくれるかと思ったが、彼からは言い出さなかったので、私から促す勇気も出なかった。
しかし、ここで引き下がっては、永遠に私の手料理を食べてもらうタイミングが分からなくなってしまうので、さっそくこの機会に朝食のことを打診することにした。
「あの、明日から私が朝食を作ってもいいですか?」
「朝食を?」
「はい。毎日決まったものを食べてらっしゃるのは知っています。でも、私は朝食を作って食べる生活をしていたもので、自分の分は作ることになるのですが、慶一さんの分は作らないなんて、そんなのおかしいと思うので。」
「いえ、おかしいことはないですよ。」
その言葉にさすがにショックを隠せなかった。
あのブロック型の朝食はやはり彼にとって重大な意味があったのだろうか。