ダブルベッド・シンドローム
─社長は私たちを、高そうな和食の料亭へと呼び出した。
社長の謝罪というのは、私がその個室に入室後すぐに行われ、私はそれをすぐに許した。
うちの両親への謝罪も遠慮する旨を伝えたが、それはできないなどと社長は駄々をこねた。
「面倒なので、話をややこしくしないで下さい」と強く突っぱねると、社長は「でも、」と、まごまごし出したが、私が次に「専務とこれから楽しくやっていきたいので、うちの両親に引っ掻き回されたくないんです」と言い直すと、それはそれはご機嫌になって取り止めを承諾した。
魚のエキスがゼリーみたいに固まった変な料理(煮こごりというらしい)が出てきたが、私が食べるまで二人はそれを食べようとしないので、私は食べ方のよく分からないそれをスプーンですくって口へ運んだ。
それから続いて社長も口へ運んだが、専務はなかなか手をつけずにいた。
そうすることでいらぬ反省を表しているのだと思い、私は「これ美味しいですよ、専務」と促すと、やっと一口、手をつけた。
「ところで、社長。会社の件はもういいのですが、私、他にもお尋ねしたいことがあるんです。よろしいでしょうか。」
社長は目をパチクリさせて、専務もゼリーを食べる手を止めた。
専務は私を見ていた。
おそらく私の社長への用事が何なのか、今までずっと気になっていたに違いない。
「何だい?もちろん、何でも答えるよ。」
「社長は少々、私のことを信用しすぎてはいませんか。今回、それで助けられた身としまして、こんなことを申し上げるのは気が引けますが、なんだか、異常なくらいだと思うんです。社長の、私への信頼は。」
社長は答える。
「そんなことないよ。君は、信頼できる人だよ、菜々子さん。」
「そんなことありませんってば。」
語気を強めて否定をすると、社長はなぜか、悲しそうにうっすらと笑った。
「どうしてだい?」
「私は、社長の思っているような人間ではありません。姑息で、いつも他人を妬んでいて、そして、自己中心的です。私の心の中を知ったら、社長は呆れてしまうと思いますよ。」
それは、自分の中で、先程の浜田先生との会話ではっきりと証明されてしまっていた。
また、前職である看護師を辞めた原因も、自己中心的な自分の気質が関係していた。
それは逃れようがない自分の本質であり、それを知らずに私の気質を決めつけている社長に、見る目がない、とさらに嫌気が差しそうであった。