ダブルベッド・シンドローム
社長にそれから何を聞いても、抽象的な返答しかされないことが予想できたため、私は質問することをやめた。
隣にいる専務には、今の話は相当なプレッシャーであったようで、さきほどからずっと黙っているが、おそらく私の素晴らしさとやらを、自分の記憶の中から掘り起こそうと必死に考えを巡らせているのである。
そんなことをしても、おそらく私の素晴らしさなど見つからないと踏んでいる私は、肘で専務をつついて、考えることをやめさせた。
「専務、もうお刺身来てますよ。」
「えっ、ああ、はい。」
「社長。それと、社長にどんな思惑があるかは分かりませんが、私は私で、専務と頑張っていきたいと思っています。私のことで、専務にあれやこれやと言う必要は、ありませんからね。」
社長は、努力するよ、と頷いてみせた。
お開きとなると、社長は社長で、こちらはこちらで車を走らせての解散となり、それぞれの家に戻っていった。
そのときの話の中で、社長はここしばらく一人で暮らしており、専務のマンションから、駅ひとつ程度の一等地のマンションに住んでいることが分かったのだが、私はそれを不思議に思った。
社長と専務が、なぜ別々に暮らしているのか、理由を見いだせなかったのだ。
仕事場が同じなのに、わざわざ離れて暮らす必要があるだろうか。
私だって、実家を離れる理由がないのに、離れようと思ったことはない。
専務はおそらく、好奇心で「一人暮らしがしたい」などと言い出すタイプではないのだから、私は社長が追い出しているのではないかと勘ぐった。
「菜々子さん、今日は本当に、ありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。」
家について、専務はいつものようにスーツをクリーニングの袋に入れると、改まって、パジャマに着替え終えた私にもう一度頭を下げてきた。
「ありがとうございます、って、何がですか?」
「本来なら、ご両親に謝罪しなければならないところを、菜々子さんが許して下さったからです。」
「いえ、それは本当に、両親を巻き込まれたほうが私としては困ってしまうのです。気にしないで下さい。」
「ご両親のもとから、菜々子さんをお預かりしている僕としては、そういうわけにもいきませんが、それでも、菜々子さんのご希望とあれば、そのようにします。」