ダブルベッド・シンドローム
あまりのショックに泣きわめいてしまおうかとも思ったが、その前に慶一さんが、少し柔らかく「おかしくはないのですが、」と続けた。
「作っていただけるなら、嬉しいです。ご迷惑になるかと心配ですが、大丈夫ですか?」
先程とは打ってかわって、途端に天にも昇る気持ちになった。
私が朝食を作ることは、彼にとっての結論としては「嬉しい」ということなのだ。
そこが分かりさえすれば、私は満足であった。
「大丈夫です、作ります!迷惑なんて、とんでもないです。作らせて下さい。」
こちらの気合いに目を丸くして驚いているようだったが、慶一さんはすぐに爽やかな笑顔を作って、「では明日からよろしくお願いします」とお辞儀をした。
こういう、彼がたまにうっすらと作る表情の変化は、静かな芸術作品を見ているようだった。
ところで私が料理を振る舞いたいのは、料理が得意だからというわけではない。
妻として、夫に栄養満点の料理を提供する、その行為に憧れているからだ。
それがあるから、食器を選ぶのも、変わった食材や、使ったことのない形のパスタを使うことにも、楽しみがあった。
そして慶一さんが喜んでくれること、そこまででワンセットなのだ。
「慶一さん、あと私、働きたいと思うんですが。」
「え?」
朝食の件で手応えをつかんだ私は、調子に乗って、二つ目のお願いもここで放出してしまうことに決めた。
すると、慶一さんはこのリビングのソファを、応接室のそれであるかのように浅く腰掛けた。
手のひらで向かいのソファを示されて、私も大人しくそこに座った。
「働きたいというのは、なぜですか?欲しいものがあるのですか?」
「いえ、欲しいものはありません。」
私は慶一さんの質問に対して、適切な答えが思いつかなかった。
私の働きたい理由はおそらく、自分の不安を払拭するためなのだろうが、おそらくというのはつまり、自分でもよく分かっていないのだ。
ただ、このまま全てを提供してもらったままでは、それは飼われているようなものであり、そこに愛があればそれでも良いのかもしれないが、残念ながらその実感は今はなかった。
だからまずは飼われていることをやめた方がいいと思ったのだ。
そこに特に理由はなく、直感だった。