ダブルベッド・シンドローム
会場は、名前だけは知っている高級ホテルを貸し切っての開催で、エントランスをくぐった途端に、主催関係者のお迎えを受けながら、床の隅まで赤い絨毯がみっちりと敷かれたホールに案内された。
ドレスの色が、絨毯の色よりも暗かったため、これでは逆に埋もれてしまう、と、少しだけ後悔したのだが、先ほどから、社長と専務に挨拶に来る人たちの勢いに、私はすぐに、埋もれていて良かったと安心したのである。
「おめでとうございます、堂島社長。息子さん、ご結婚なさるんでしょう?」
肩まで開いたマーメイドのドレスを来た女性が、社長の腕に絡まるように挨拶にやって来た。
化粧の下の目元と声から、私は彼女は四十代くらいであろうと推測したのだが、それにしても、肌も髪も、スタイルも若々しい人であった。
「ありがとうございます。慶一にはもったいないくらいの、優秀なお嬢さんなんですよ。いやしかし、坊っちゃんも六歳になって、今日の主役は坊っちゃんですから。川本さんこそ、おめでとうございます。」
「まあ、どうもありがとう。」
彼女は社長から私へと視線を移し、頭から爪先までじっくりと見て、そしてから、ニッコリと微笑んだ。
このとき、専務が私にしか聴こえない声で、「主催者の奥様です」とこっそり教えてくれた。
「あらほんと、素敵なご婚約者さんですこと。」
「あの、初めまして、宮田菜々子と申します。」
「ええ、初めまして。DOSHIMAさんにいつもお世話になっています、川本と申します。」
「はい、こちらこそ、お世話になっています。」
私が会釈をしたのと同時に、隣にいた専務も頭を下げていた。
専務は川本さんに何も言わなかったが、この会釈で挨拶を済ませたことにしようとしていた。
川本さんはそれを逃がさないように、また今度は、専務に向かってニッコリと微笑んだ。
「それにしても、慶一くんが婚約だなんて、なかなか実感が沸かないわ。お見合いをしてもお話がまとまったことがないってお噂だったのに、よほど菜々子さんは素敵な方なんですのね?」
この人の視線は、蛇のように、専務に絡み付いてきた。
私のことをやたらと見たがっていたのは、主催者であるこの人の旦那さんではなくて、きっとこの奥様の方だったのだ、と、私は確信した。