ダブルベッド・シンドローム
逃げ出した後、夢中で走って、ナースステーションに戻るわけでもなく、私は無意識に、よく彼女の車椅子を押して歩いていた病院の花壇に来て、そこで立ち止まって呼吸を整えた。
呼吸も、心臓の音も、いつまでも整うことはなかった。
時刻は真昼で、空は青く晴れていた。
そこから、とある男性が、廊下を看護師に案内されながら桜さんの病室へと走っていくところを見たのは、このときである。
私は、その看護師が桜さんの病室へ入ったのをいいことに、決してそこへは戻らなかった。
戻れなかったのだ。
どんな顔をして、彼女に何て声をかければいいのか分からなかった。
病室のドアが閉まったことで、私は余計に中のやりとりを想像していた。
これは私の目で見たことではないのだが、桜さんは、その男性の顔を見た後、容態が急変し、すぐに意識を失って、そして眠るように息をひきとった。
逃げ出してしまった私はそれさえも、立ち会うことができなかった。
ナースコールが鳴ったことで、私がもしやと引き返して駆けつけたときには、もう彼女の息は、もう止まっていたのである。