ダブルベッド・シンドローム



好きです、と初めて口に出して、そしてすぐ、果たして本当にそうだろうか、と自分に問い直していた。

しかしその答えがはっきりとする前に、北山さんが「それじゃあね」と去っていったものだから、彼女との関わりはこれで終わり、彼女に対して出した「好きです」という答えの是非を再考する必要はなくなったのである。

北山さんはそのまま突き当たりを曲がり、エレベーターの方へと向かったのだが、私の行き先はその逆方向、この秘書室の奥にある社長室であった。


この静かな廊下を数歩だけ歩けば着くのだが、その数歩の距離の中で、私は社長の心の中を考えていた。


今まで社長はなぜか私に信頼を寄せ、理由もなく大事にしてくれてきた。

しかしそこに理由がなかったというのは私の勘違いであって、社長が私を信頼する理由というのは、間違いなくあの日、桜さんのことを彼に伝えたことにあったのだ。

社長はそれが、社長にとって必要な報告であり、それを行った私は正しく、感謝しているということころなのだろう。

しかしそれは正しくないのだ。

私は正しいことをしたとは、決して言えない。

桜さんにとっては、望んでなどいなかったことなのだ。

もし私という人間が、社長にとって良くできた人間に映っていたのだとしても、私は、私のしたことは、桜さんにとっては正しくなどなかった。



そう思って、いつもの、優しくて、私を勘違いしたままの社長の言うことを鵜呑みにしないように、そうして桜さんへの免罪符を作り出そうなどと考えないように、私は自分の罪を再度認識してから、目の前のドアをノックした。

「はい」という社長の返事が聞こえて、私は少しだけドアを開けた。

そこから中を覗き込むと、椅子に座って嬉しそうな社長に「おや」と笑って迎えられたので、私はそっと中に入り、ドアを閉めた。

社長は私が泣いていたことにすぐに気づいた。


「どうしたんだい?」


社長は私を、側の応接用のソファへと促したので、私は素直にそこに座り、そして社長も対面のソファに腰かけた。

そのソファはふかふかで、思っていたよりも体が沈んだ。

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