ダブルベッド・シンドローム


何と切り出すべきか、確か数秒ほどドアの前で考えたはずだったのだが、このふかふかのソファに座ったことですっかりと忘れてしまった。

しかし、切り出し方など問題ではないと思い直した。


「社長。私、社長に、お聞きしたいことがありまして。」

「うん。何でも答えるよ。」

「・・・社長は、私が、私があのときの、あのときの看護師だと知っていたのに、どうして今まで何も言わずにいたんですか。」


社長は目を見開いたが、同じく私も目を見開いた。

私は聞きたいことはもっと他にあったはずなのだ。

あのとき、私が逃げ出した後、社長と会った桜さんは何と言ったのか、社長はどう思ったのか。
再会してすぐに亡くなった桜さんに、今はどんな想いを持っているのか。

私はなぜ、それらすべてを避けたのか。


「・・・菜々子さん、思い出したんだね。」

「・・・いえ、あの日の記憶は、いつも、今日までずっと心のどこかにありました。引っ掛かっていました。ただ、桜さんの大切な人が社長であったということは、知りませんでしたが。・・・でも、社長は私だと気づいていた。いえ、もう、婚約を勧めてきたときから、知っていたんですよね?社長の言っていた私に救われたこととは、あの日のことなのでしょうか?」

「そうだよ。君が知らせてくれなければ、私は今も、彼女が亡くなったことを知らずにいたはずなんだ。そうなっていたら、私は自分が恐ろしくて、罪深くて、とても生きてなどいけなかったはずだよ。」

「でも、知らないままでいたら、その罪に気づくこともなかったのでは?」

「ね。だから恐いんだよ。真実を知っていれば生きていられないと思うのに、知らずに生きなければならないんだから。」

「そうでしょうか。」


だからこそ桜さんは、真実を知らせることを拒否したのではないだろうか。

そうして社長の言うことの反論を、常に考えてしまっていた。


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