パーフェクト彼女の恋煩い
なにを隠そう私はこの水名に片思いをしている。
もうかれこれ一年以上も片思いをしている。
世の中の異性の注目を意のままにし、掃いて捨てるほど告白してきた男たちを足蹴にしてきたこの私が、どこにでもいそうな背だけは異様に高いこの平凡な男に。
こんなに可愛い私と教室に2人っきりなのに、ちらりともこちらを見ない水名。
どうして私が片思いなぞしているのか、それはこの眠そうな冷めた瞳が悪いのだ…。
私がまだこの高校に入学したばかりの頃、学校中で私は噂になっていた、教室にいれば見物人で廊下があふれるし、放課後には接触を図ってこようとする上級生たちが私を大捜索する始末、小中とこういったことにはいい加減耐性がついていたけれど、高校ともなると異性に対してのアプローチも露骨になり、私はほとほと嫌気がさしていた。
「森林さーん!もう帰っちゃったの〜〜?」
「誰か森林さん知らない?」
放課後、いつものごとく数十名の大捜索が始まり、私は見つからないようにいかにこっそり帰るかを思案していた。
「どうしよう、校門も人目があるし、これ以上お兄ちゃんに迎えに来てもらうわけにもいかないし…。」
最初は兄に迎えに来てもらい、なんとか帰っていたのだが、兄も大学が忙しくなりそれも難しくなってきた。それに今度は兄目当ての女子生徒が出てくるようになり、2人して追われていては本末転等になりかねない。
屋上に続く階段の踊り場にしゃがみ込み、ため息をおとす。
この高校は屋上は常に施錠してあるので、この階段には誰もこないのだ。
どうしてこんな思いを自分がしなければならないのか、可愛く産まれたって、いいことなんてない、面倒ごとにばかり巻き込まれ、自分の意思とは反することばかりで、行動だって随分制限させられてきた。
なにもしていないのに、女子からは反感を買うし、友達もできない。
なんだか、なにをするでもなく暗い階段の踊り場にぽつんといる自分がひどく惨めに思えてきた、鬱々と不満が募る。
「だいたい、なんで私がこんなところで隠れなきゃならないのよ!誰があんたたちとなんかと貴重な放課後を過ごさないとならないのよ、自分の顔面見てから名乗り出なさいよ、私より整ってれば相手してやるわよっっどうしていつもいつもつきまとうの…私が好きだと思うなら私をほっておいてよっ」
ハアハアと一気にまくしたてると、幾分気分がすっきりする。大きな声を出してしまった、誰かに気づかれなかったか、心配になった。
あまり暗い夜道を歩くのは危ないので、そろそろ人数的に強行突破できそうな感じなら帰らなければ。
カラ…
そのとき、何かが転がる音がした。
「誰!?」
びっくりして振り向こうとしたとき、強い力でグイと腕が引かれる。キャ!と叫ぼうとしたが、それも大きな手で塞がれてしまった。
なになになになに!?!?
誘拐?!校内で?強姦??
過去の様々な体験が蘇り、パニックになりそうになった瞬間、バタバタバタと複数人の足音が階段を上ってくるのがわかった。
すると、私を拘束する人間がくるっと体の向きを変えて、私を階段と体の影に隠した。
「あ!おい水名じゃん!こんなとこでなにしてんだ?」
どうやらこの男は水名というらしい、私はこの突然の状況に冷静に食いついた。
「…サボり」
「お前なんか部活はいってたっけ?まあいいや、なぁ、ここに森林さん来なかった?こっちで見かけたって聞いたんだけど」
ふぉおおお!!まさかここに来るのを誰かに目撃されていたとは、恐ろしい。しかし耳元で聞こえたボソッとした返事の声の低さに、一瞬ビクッとしてしまった…そういえば男の子とこんなに密着したこと今までないぞ…。
しかしこれはどうすればいいのだろう…この男は私をかくまってくれているのか?いやいやいや、もしかしたらこの後襲われるかもしれない…それなら今ここで出て行った方が面倒くさいが安全か?
グルグルと様々なことを考えているうちに、男子生徒たちは結局どこかに行ってしまっていた。
トントン
肩を叩かれ、ビクッとする。
「もう行ったから、大丈夫じゃない?」
そういった男の方を、初めて見る。
振り返ると、座っていてもわかるくらいガタイのいい男が、こちらを見ずに座っていた。
「あ、あの…」
これって、私を助けてくれたのよね?なにかしてきそうな雰囲気もないし…
「なに?」
私が口ごもると、男はそれまでぼーっとしていた視線をこちらにチラッと向けた。その眠そうな冷めた瞳が今まで自分に向けられてきたどの視線とも違い、戸惑う。
「あの…ありがとうね」
口ごもりながらお礼を言う、
「別に…そろそろ帰れば?」
そう言われ、ますます戸惑う。この人、まるで私に興味がないみたい、こっちを見ようともしないし、むしろ邪魔っぽいっ?
今までちやほやされたり、妬まれたり、いつも注目のマトであった自分にとって、その水名という男の態度は衝撃的なものであった。
「あの…私森林巴っていうの…本当にありがとう。失礼するね」
そういって立ち上がっても、目の前の男は遠くをぼーっと見つめているようで、もう私などいないかのようだった。
嘘みたい、本当にこの人、私に興味がないんだわ。
巴は初めてのその態度に戸惑うが、湧き上がる興味は止められないでいた。
もっとその人間を観察していたかったが、立ち上がった以上突っ立っているのも不自然かと思い、ゆっくりとその場をあとにした。