クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
「よく見えません。頭がすごいクラクラしてるので、視界もぶれて……」
「そりゃそうだ。もう寝ろ」
やれやれと言いたそうなトーンだった。
八坂さんに、もう帰っていいって伝えようとするのに、再び襲ってきた眠気に、声にならない。
おでこのシートの上から押さえてくれている手の重みが気持ちよくて、そのまま眠りにつきそうになったとき。
「寝てていいんだけど。聞かないでくれて、いいんだけど」
八坂さんが言った。
「高校んとき、おまえ、本当に部活一筋で……まぁ、そこに妬けてたんだけど。それでも、応援もしてた。楽しそうにしてるのは知ってたから、応援してやりたかった」
目を閉じたまま、耳を澄ます。
八坂さんは、穏やかな声で話す。
「甲子園で負けたときも、会いたかった。テレビん中に、泣いてるおまえを見つけて……俺、なんで家にいるんだろって本気で思った。
テレビの前でなんかじゃなくて、同じ場所にいたかった。悔しいって泣くめぐを、俺がなぐさめて、泣き言とかいろいろ、全部聞いてやりたかったのに」
八坂さんが、どんな気持ちで話してくれているんだろうとか、そんな深いことまでは考えられなかった。
頭の中にある思考回路は、熱でふやけてしまい、接続がどこもうまくいかない。
だから、言った言葉をそのまま聞く事しかできなかった。
八坂さんが、そんな気持ちでいてくれたのかって、そう思うことしかできない。
べつに、いいのに。
私が泣いてたって、熱出したって、放っておいてくれていいのに。
別れたのに……そこまで気を遣う八坂さんは、優しすぎる。
「相変わらず、顔に似合わず、ジェントルマンですね」
目を閉じたまま、ぽつりぽつりと独り言みたいに言うと、八坂さんが鼻で笑ったのが音で分かった。