クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
「もうちょっと短気かと思ってたんだけどね。案外、勇気がなかったみたいで結局、お詫びにはならなかったから、俺も拍子抜けした」
勇気がなかった……という言葉に、倉沢さんの言おうとしていることをなんとなく察する。
さっき一瞬視線を向けたのは、八坂さんがいる方向だったなと思い、確信する。
「まぁ、なに怖がってんだか知らないけど。いつまでも踏み出せないようなら、俺がもらっちゃおうと思ってるんだけどね。
咬ませ犬ポジションなんて、本来俺には似合わないし役不足もいいとこ」
後ろに両手をつき、そこに体重をかけた倉沢さんが、私を見て口の端をあげる。
「俺、瀬名ちゃんを〝お母さん〟だなんて、本気で思ってるわけじゃないよ。女として見てるなんて言ったら困らせるのわかってるから、今はこの立ち位置で我慢してるだけ」
口説かれているような気はしたけど、たとえそうだったところで応えるつもりもない。
だから、そこには触れずに言う。
「困らせるのがわかってるなら、言わないでください。そういうこと。
……それと、なんの話をしてるんだかわかりませんけど。彼女がいて、大切にしているようですし、変なことして引っ掻き回すような真似はやめてください」
遠回しな言い方をする倉沢さんに釘を刺す。
すると倉沢さんは、告白を無視したことになのか、釘を刺したことになのか、苦笑いをしてから口を開いた。
「そのことなんだけど、もしかしたら俺の勘違いだったのかなって思い始めてるんだよね」
「そうでもないと思いますよ。私にも言ってましたし。……〝大事な誰か〟がいるって」
確かに聞いたから、覚えてる。
あのとき感じた胸の痛みまで、しっかりと。
八坂さんが言った〝大事な誰か〟という言葉を声にしただけで、あのときついた傷から痛みが広がっていくようだった。
冷たいビールをグイッと煽る。
冷たさが広がったのは一瞬だけで、消したい痛みはそのままそこに残り眉を寄せる。
誰かが言ってたっけ。
アルコールで忘れられる痛みなんて、もともとたいしたことないんだって。
だったら、忘れられないのも当然だ。