クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
日中は、来客があるし、出納機のなかの現金をすべて出して入れ換える、というような大規模な作業はできない。
〝現金精査〟と呼ばれるその作業は、週に一度するのがこの金融機関の決まりだ。
だから絶対に覚えてもらわないとマズイ作業でもある。
それにそういう作業は、手順が少し厄介だから、覚えるまで何度でも一緒にやらないとと思っていたのに……毎日定時で帰られてしまったら、教える時間がない。
今までも、ひねくれた人や短気な人は相手にしてきたけれど、こうも定時きっかりに上がってしまう人はいなかった。
結構な難問かもしれない。
「教える予定だったこと、まだ残ってるんですか?」
「初日なのでそこまで詰め込むつもりはなかったんですけど、現金補填や回収の操作は、反復が必要かなと思ったので、それを……とは思ってました。
でも、仕方ないですし明日以降ですかね」
出納機を眺めながら言うと、「でも、瀬名さんだって基本的に残業しないって決まりじゃないんですか?」と、北岡さんが聞く。
「一応、出張先では残業はしないよう言われてますが、金融業ですし勘定が合わないこともありますから、ケースバイケースです。
どうしても、締め終わってからじゃないと教えられない部分もありますし」
「残業代はどうするんです?」
「終わった時間に、上司にメールを入れているのでご心配なく」と笑みを浮かべると、北岡さんは「なら、うちのほうがブラックですかね」と笑う。
残業代がきちんと支払われていない、ということは、歓迎会で愚痴として聞いていたから、ああ……と苦笑いを返した。