クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
「最初に言っておいたほうがいいでしょ。キミには本気になれないよーって」
「〝それでもいいなら身体だけ相手するよー〟って、ですか?」
見上げて聞くと、倉沢さんが根負けしたような顔で「あー……まぁ、うん。そんなとこ」と笑う。
その顔もイケメンできまってるけど、言ってることは結構最悪だ。
じっと見ていると、倉沢さんは目を伏せ、声のトーンを少し下げた。
「上っ面だけで付き合ったほうが、お互いに楽でしょ。傷つかなくてすむし」
そう言った横顔が、笑みを浮かべているのに沈んで見え……あれっと疑問に思う。
でも、ぼそっと零れ落ちた言葉を聞き返すよりも先に、倉沢さんは表情から影を消し軽く笑った。
「っていうかね、幻滅される前に言っておくけど、俺だけじゃなくて男なんてそんなもんだよ。恋愛感情なくても、いつでもどこでもチャンスさえあって後腐れなければ、あわよくば……って感じ」
「そうですか」
言い訳みたいだな、と思いながらストローをくわえると、倉沢さんは拍子抜けしたみたいに私を見た。
「あれ、リアクションそれだけ? 瀬名ちゃん、真面目そうだから絶対なんか言われると思ってたのに」
「言いませんよ。恋愛の価値観なんて人それぞれですから。たとえ思っても口には出しません。倉沢さんがそういう付き合い方がいいと思っているならそれでいい話ですし」
恋愛に、これが正しい、それは間違い、なんてことはないんだと思う。
それぞれに、自分の価値観、自分の恋愛観があるだけで、お互いさえ納得していればそれでいいことだ。
だから、ここで、自分の価値観こそが正義だと決めつけて〝そんないい加減な付き合い方、自分も相手も傷つけるだけだ〟なんてお説教するつもりもない。
ただ、井村さんが可哀想だなと思うくらいで。
倉沢さんが静かになるから、私も黙って大通りを走る車を眺める。
大きな歩道橋がかかる、路地。
夏とはいえ、もう暗くなった空の下、信号のLEDの光が眩しく光っていた。