クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
駅を出ると、空には薄い雲がかかって、星や月の明かりをさえぎっていた。
「明日、雨でしたっけ」
「いや、曇り予報。でも、なんか降りそうな空だよなー。明日、訪問予定の件数多いから面倒くせーな」
濃紺色の夜空にかかるグレイの綿あめみたいな雲を眺めながら、ふたりして並んで歩く。
アパート最寄駅には、飲食店や居酒屋がポツポツとしかないせいか、人通りは少なかった。
八坂さんの住んでいるアパートは、ここよりも二駅先にあるらしい。
それにも関わらず同じ駅で下りたのは、私を送ってくれると聞かなかったからだ。
電車のなかで、〝送る〟〝いらないです〟の言い合いになったけれど、こうなると譲らないのは知っていたから私が折れた。
高校の頃から、八坂さんのこういうジェントルマン思考は異常だ。
車道側を歩かせないとか、エスカレーターでも自分がうしろに乗るとか、エレベーターでは先に下ろさせる。
そういえば、荷物も奪われそうになっていたなぁと思い出す。
自分の荷物を持たせるっていう行為が嫌いで、私も死守していたのが懐かしい。
逆に私が譲らなかった部分もあって、そこはきっと八坂さんが譲ってくれていたんだろうなぁと今さら思う。
駅から五分ほど歩くと、住宅街に入り、一気に静かになる。
たまに通る車のエンジン音の他には、ガタンゴトンという電車の音が聞こえるくらい。
「先週、めぐと会ってから、いろんな昔話思い出す」
なんの脈略もなく言われたけど、驚かなかった。
ふたりになると流れるそういう空気は、歓迎会のときから気付いていたから。
なにしろ、七年ぶりの再会だ。しかも元恋人。
そういう話になるのが当然だった。
前を向いたまま話す八坂さんをチラッと見てから、私も進行方向に視線を戻す。
車がギリギリすれ違えるほどの道幅しかない、細い路地。
街灯がポツポツと立っている。