クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~
「俺、今日誕生日なのに」
「……はぁ。おめでとうございます」
「ありがとう……」と聞こえるか聞こえないかの声量で言った倉沢さんが、フラフラしながらフロアを出ていく。
その様子を見て不憫に思っていると、仕事を終えた北岡さんが「気にしなくても平気ですよ」と話しかけてきた。
「ああいう、理不尽なクレームはたまにあるし、みんな慣れっこですから。まぁ、落ち込むは落ち込みますけど、時間が経てば復活しますし。
だいいち、仕事が忙しくてそんなにずっと落ち込んだままでもいられないですから」
「そういうものなんですね……。私、企業相手の接客業でよかったです」
「私も次選ぶとしたらこの仕事は選びませんねー。エンジニア関係がいいかなー。それかキャビンアテンダント」
幅がすごいなと思い、笑う。
「北岡さん、機械いじるの好きそうですもんね」
「好きですね。だから、残業なのに出納機教わる時間は楽しくって仕方ないです。私がこの機械動かしてるんだなーって思うと堪りませんね」
本当に楽しそうに腕まくりする北岡さんに私も笑ってから、今日コーチしようと思っていた操作のオペレーションコードを開いた。
仕事が終わり、コンビニで買い物をしてから来た道を戻る。
そして、支店の前についたとき、ちょうど倉沢さんが出てきた。
気配で誰かいると気付いたのか、伏せていた瞳がゆっくりと上がり、街灯の下に立つ私を捕える。
小さな驚きが広がる瞳で私を見た倉沢さんは、近づくと「どうしたの?」と声をかけ、そのあと「ああ、八坂さん待ち?」と続けた。
声にいつもの騒がしさがない。
さすがにまだ落ち込んでいるようだった。