プライベートレッスン 〜 同居人の甘い素顔
『日菜子は結婚まで働かず、自由に好きなように過ごしなさい』
大学入学時から、幾度となくそう言われてきた。
自由に好きなようにというのが、私の場合、ぼんやりと実のない時間を過ごすことにつながってしまった。
縁側でお饅頭を食べながらお茶をすするおじいちゃんやおばあちゃんのような時間を、私はわずか二十代中盤で経験しているのだ。
でも、さすがに三年間もそんな暮らしでは私だって飽きてしまう。
人様からしたら、今頃気づいたのかとあきれられること請け合いだろうけど。
少しは社会というものを見ておきたい。
自分で選んだわけではない相手との結婚とはいえ、世間知らずのまま終わりたくないのだ。
遅ればせながら、そのことに気づいた。
だから、今日こそは――。
軽く深呼吸して肩の力を緩めたときだった。
二階の自室の窓から、ふと向けた視線の先に祐希(ゆうき)の姿を見つけた。
薄手のロングTシャツ、ハーフパンツの下には黒いランニングパンツを履いていた。
日課にしているジョギングをしてきたのか、クールダウンをするかのように両肩や首を回しながら、ゆっくりとした動作で自宅の門から入って来たところだった。
不意に彼がこちらへ顔を向けたので、咄嗟に手を挙げて口を開く。
「祐希、おは――」
挨拶は最後まで言葉にできなかった。
こちらを見たと思ったのは、私の勘違いだったらしい。祐希は私に気づくことなく、階下の玄関へと入っていった。
挙げた手はヒラリと振ることもできずにストンと下ろした。